母の死について⑤ 潔すぎる死と、残される側の気持ち

こんにちは、ますQです。

2015年12月に亡くなった母。

実はブログを始めようと決意したのは、母の命日でした。

母の死からちょうど1年後に、何故かブログをしてみようかと思い立ったのです。

今回は母の「死に様」と言うのかな、それについて書きたいと思います。

 

潔すぎる死

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ホスピスで母の臨終を見届けてから、母の身体とともに実家に行った時。

葬儀社の人から、母に着せる洋服を選ぶように言われました。

母は何故か、「お気に入りのコートを着せてほしい」という指定はしていましたが、直接着る服については何も言っていませんでした。

父も兄もわからないと言うので、私が選ぶことになりました。

そこで、母のクローゼットを開けて、ビックリしました。

 

ほとんど服がないのです。

服以外にも処分したらしく、たくさん詰まっていたはずのクローゼットはガラガラでした。

潔い、と言っていいくらいに何もなくなっていました。

 

母が抗ガン剤治療を終わりにしたのが8月、亡くなったのが12月です。

夏服なんてひとつもありませんでした。

抗ガン剤治療を終わりにした時は、1年くらいと言われていたのに、次の夏まで生きていられないことをわかっていたかのようです。

残っていた服やカバンも、入院生活で使うものか、私や叔母(母の妹)が使えそうなものばかり。

叔母には、「ほとんど捨てたから何も残ってないよ~」と言っていたそうです。

叔母と形見分けの遺品整理をした時も、あっという間に終わりました。

 

母は看護師だったからか、自分の身体のことを誰よりもわかっていました。

私たちは次の夏くらいまで生きていると思っていました。

その時に妊娠した次女にも会わせてあげられると確信していたのです。

母だけは、「半年ももたないと思うよ」「年も越せないかもね」と言っていて、そのとおりになりました。

 

母は自分で、ホスピスに入ることも決めました。

入院した時に「12月6日とか、9日とかがいいかな」とか言って、本当に12月9日に亡くなりました。

 

そういえば、旅行の時は何日も前に準備を完璧に終えていたし、待ち合わせにも大抵先に来て待っている人でした。

先がわかっていることなら、できるだけ早く自分で準備しておきたいのでしょう。

加入していた生命保険の証書などもまとめてあったし、銀行の通帳は生前から私に預けていたし、葬儀場のパンフレットまでありました。

葬儀社の人は、「ここまで整理しているのは立派ですね」「時々そういう方がいますが、だいたい女性です。男性は自分の身辺整理なんてできません」と言っていました。

 

実際、母の死後の手続き等に困ることはほとんどなく、遺族としては助かりました。

自分の最後を悟っていたんだなぁと寂しさを感じる一方で、死後のことまでキチンと考えられる強い人だったんだなと改めて思いました。

 

母が、潔すぎるくらいにしっかりと整理をして亡くなったことを誰かに話すと、みんな、「すごい人だね」「強いね」と言っていました。

「自分にはできそうにない」と言う人もいました。

私も、自分にはできないだろうなと思います。

死後に、母の強さを知りました。

 

母の死から1年経たないうちに、祖母(母の実母)が亡くなりました。

そこで、6歳年下のイトコと母の死について話したんです。

母の潔い死に方について、イトコはこう言いました。

 

「確かにすごいけど、そんな風に死なれたら、のこされた方はたまったもんじゃない」と。

その時はそんなに深く考えなかったのですが、その言葉は私の中で印象強く残りました。

 

のこされた側の気持ち

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今年の6月、小林麻央さんが亡くなりました。

闘病を応援していたし、訃報には胸が痛みました。

 

彼女は、最期の瞬間まで『生きて』いたんだなと感じました。

それに対して、私の母はキレイに『死んで』いった。

そう思いました。

 

私は、母に『生きて』ほしかった。

 

長女と、兄の息子の2人の孫の成長が見たいって言ってほしかった。

私のお腹にいる次女に会いたい、抱っこしたいって言ってほしかった。

仕事を退職して、これからいっぱい楽しむって思ってほしかった。

美味しいものを食べたい、もっとビールたくさん呑みたいって言ってほしかった。

死後のことを考えてキレイに整理するんじゃなくて、残り少ない人生でも、楽しみを見つけてほしかった。

 

モチロン、私もわかっています。

やりたいことがいっぱい残っていて、未練を残して亡くなったら、のこされた人はツラいだろうと。

「これで良かったのか」「こうしてあげた方がよかったのかな」とか、たくさん考えてしまうんだろうなと。

母だって、口にしなかっただけで、心配や心残りや無念さがあったと思います。

 

でも、それでも。

平均寿命よりはだいぶ早い65歳で亡くなったのに、「もう思い残すことはない」とでも言うように潔く逝かなくても良かったんじゃないかと思ってしまいます。

この世に未練なんてない、モノも片付けたから問題ない、自分ことなんて忘れていいよ、と言わんばかりに、全てをキレイにしていかなくても良かった。

そんな気持ちが、イトコの言う、

「のこされた側はたまったもんじゃない」

なんだなと思いました。

 

母の死について、今後自分が年月を重ねていけば、違う思いが出てくるかもしれません。

その時はまた記事を書くかもしれませんが、今の思いはこれで書ききりました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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