母の死について④ 死後の気持ちと友達の暖かさ

こんにちは、ますQです。

2015年12月に亡くなった母。

私はその時次女を妊娠中でした。

前回の記事で臨終と葬儀について書きましたが、今回はその後のことです。

 

母の思い出と過ごす

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母が亡くなった直後は、葬儀のことを決めたり色々な手続きがあったり、親戚や会社に連絡をしたり、やることが色々ありました。

よく、「悲しむヒマを与えないための葬儀」と言いますが、本当にそうですね。

母は亡くなってから葬儀まで少し日が空いたのですが、それでも携帯の解約や、葬儀の日程を周りに連絡したり、色々やることがあったように思います。

葬儀も、親戚が集まったり友人知人が来てくれたりで、対応しなければなりません。

気を張っているしあまり悲しんでいられなかった気がします。

気持ちが追いつかず、時間だけが過ぎていった印象です。

 

自分1人で母の死と向き合うようになったのは、忌引休暇が終わって、普段の生活が始まってからでした。

葬儀という普段とは違う期間が過ぎてから、母の死を実感したように思います。

 

私は28歳で実家を出てからも同じ市内に住んでいたので、歩くところ、見るものに母との思い出がたくさんあるところで毎日過ごしています。

母と行った飲み屋や、よく行ったカラオケ店の前も毎日通り過ぎます。

母にもらった服やカバンもたくさんあるし、母の好きだった推理小説も家にたくさんあります。

何を見ても、母を連想するものばかりです。

日常生活に戻ったことで、当たり前に存在していた母の不在を強く感じました。

 

家族の誰かが体調不良になれば、一番に看護師の母に相談していたのに、もう連絡することもない。

長女を迎えに行って保育園を出ると、前の公園のベンチで母が座って待ってることもない。

私と母が好きな推理作家の本を買っても、その感想を言い合うこともない。

「お母さんが死んじゃってから、こんなことがあったんだよ」って、一番に母に聞いてほしいのに、その母がいない。

 

母は『不在』なことで存在感を出していました。

死んでしまって、いなくなってしまってからの方が、それまでよりずっと母と寄り添っていたような気がします。

道を歩いている時、通勤電車に揺られている時、母の不在を強く感じてひとりで涙ぐんだりしていました。

 

遠くに住んでいたりして、頻繁に会わないような場合だと、「今もドコかで生きているんじゃないか」と思ってしまうこともあるみたいですね。

私は近くに住んでいて、母が病気になってからは毎日のようにメールしていたので、「もうドコにもいない」という思いが強かったです。

ガンで、治療をやめてからは覚悟をしていたはずなのに、やはり死の前と後では全然違いますね。

 

そんな悲しみ、寂しさをやわらげてくれるのは、「時間」でした。

数ヶ月経って、いつの間にか受け入れて落ち着いている自分に気づきました。

生きている私たちの生活は続いていますからね。

忘れることは絶対にないし、母がいてくれたら、と思うことも多いですが、母がいないことにもだんだん慣れてきました。

 

 

友達の暖かさ

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母は3年半闘病生活を送っていたので、母が病気なことを話した友達は多くいました。

抗ガン剤治療をやめたことや、ホスピスに入院したことを話した友達は少なかったですが、「ガンでも治療をしてよくなってるのかと思ってた」と言われたりもしました。

「お見舞いに行ってもいい?」と言ってくれた友達もいましたが、ホスピス入院期間が短かったので、実現はしませんでした。

 

母の死の連絡は、状態を知っていて心配してくれていた数人の友人にのみにするつもりでした。

母は葬儀もいらないと言っていたくらいだし、12月なので、年明けにでも連絡しようかなと思っていました。

でも、友人たちに、「他のみんなにも知らせた方がいいと思う」と言われました。

悩みましたが、病気なことを話していた友達や、学生時代に遊びに来たりして母と会ったことのある友達には連絡することにしました。

 

みんな驚いていましたし、どう言葉をかけていいのか迷いながら返信をくれている様子がわかりました。

その時に第2子妊娠中なことを初めて報告した友達も多かったので、私の心配もしてくれました。

「ますQ、自分が色々やろうと頑張りすぎてない?」とか、

「孫の姿を見せてあげて、親孝行だったね」とか、

「長女ちゃん預かるよ、必要なモノがあったら送るよ、みんなでウチに泊まってもいいよ」とか、あたたかい言葉をたくさんもらいました。

 

葬儀は小さな家族葬だったので、あまり連絡はしなかったのですが、それでも何人かは参列してくれました。

「写真を見て、家に遊びに行った時のことを思い出した」とか、

「ますQは私が守るから、ゆっくり休んでくださいってどうしても伝えたかったの」と言って来てくれた友達もいました。

私はいい友達に恵まれているなと思いました。

 

葬儀が終わると12月も後半に入っていたので、喪中ハガキも出せませんでした。

年賀状代わりに、クリスマスカードを送ってくれた友達もいました。

連絡できず、年賀状が届いた友達には連絡をしましたが、「知らずに年賀状送っちゃってゴメンね」と逆に謝られてしまいました。

年明けのおめでたい時期なのに、こんな連絡をしてしまって申し訳ないなと思いました。

なので、「みんなに知らせた方がいいと思うよ」と言ってくれた友達には感謝です。

 

その後も、飲み仲間達が私の誕生日に「お母さんの写真を飾って」と写真立てをプレゼントしてくれました。

次女の出産が近づくと

「長女預かるよ」とか

「保育園のお迎え行こうか?」と言ってくれたり、

「子育て支援のこんなサービスがあるよ」と教えてくれた友達もいました。

 

母が亡くなってツラい思いもたくさんしたけれど、人の優しさにもたくさん触れました。

母は今も私の心の中にいるし、支えてくれる人もいっぱいいる。

私も周りの人に優しくできる人間になりたいと思います。

 

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